2020年の民法改正により「填補賠償」および「代償請求権」に関する規定が条文に明記された。以下ではこれらの解説、具体的には、それぞれを請求できるパターンを説明していく。
填補賠償とは
填補賠償とは、
「履行不能等がある場合に、本来の債務履行に代えて、債権者が債務者に請求できる損害賠償」のことである。例えば借りた物を返せなくなったとき、代わりにお金を支払うといった場合の賠償を言う。
以下で民法改正による影響と填補賠償が認められるパターン、損害賠償など他の用語との比較をしていく。
民法改正の概要と具体例
填補賠償に関する通説・判例が、民法改正により条文化された。
民法改正以前も履行不能等の状況における填補賠償請求権は解釈上認められていたが、履行不能以外のどんな場合に填補賠償請求ができるのかが明確とは言えなかった。そこで民法415条2項にその規定が置かれ、いつ填補賠償が認められるのかが明確化された
填補賠償が認められる3パターン
填補賠償が認められるパターンは民法415条2項の1~3号に定められる。
- 1号:履行不能のとき
- 2号:債務者が履行拒絶をしたとき
- 3号:契約が解除されたとき(前段)または債務不履行による契約の解除権が生じたとき(後段)
わかりやすくまとめると、
1号・3号前段のパターンでは履行請求権が消滅することになり、填補賠償で対応。2号・3号後段のパターンでは履行請求権は残ったまま填補賠償請求権も併存する形になる。
(債務不履行による損害賠償)
民法第415条「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」
2「前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。」
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
履行不能のとき(1号)
415条2項1号では、債務の履行が不能となった場合において填補賠償ができる旨規定されている。原始的不能なのか後発的不能なのかは関係ない。
改正前においては、履行不能は後発的不能に限られるものと考えられており、原始的不能に関しては取引の相手方が不測の損害を被らないよう、債務者が信義則上の義務を負うものと扱われていた。
そのため、信義則上の義務違反が認められることで「信頼利益を賠償する責任を負う」という考え方をしていた。
↓
しかし改正後は、原始的不能の契約も有効なものと扱われるため、債務不履行に基づく損害賠償請求として処理し、填補賠償が可能となった。
そして填補賠償においては履行利益(履行利益に関しては後述)も含まれるため、信頼利益を対象としていた従来よりも賠償の範囲が広くなる。
( = 取引の相手方である債権者側が有利になる)
例えば腕時計を賃貸した場合、賃貸借契約が終了すると賃貸人は返還請求ができる。しかし賃借人が腕時計を紛失している場合、返還請求は履行不能となる。
このとき、上の填補賠償請求権が発生し、腕時計の価額分の賠償請求ができるようになる。
債務者が履行拒絶したとき(2号)
債務者が、債務の履行拒絶の意思を明確に示したときにも填補賠償が可能となる(2号)。
このパターンは契約の解除権は生じているものの、いまだ解除自体はされていないという状況である。そのため1号や3号前段とは異なり債務の履行請求権はまだ消滅していない。つまり履行請求権と填補賠償請求権が併存する。
契約解除、または契約の解除権が生じたとき(3号)
第3号では、前段と後段に分けて考える。
- 前段:契約が解除されたときのこと
- 後段:債務不履行による契約の解除権が発生したときのこと
3号前段に関しては1号と同様に考える。
つまり履行請求権は消滅し、填補賠償のみが可能となる。
(債権者は自らの債務を免れるとともに債務者に対し填補賠償を請求できる)
3号後段に関しては2号と同様に考える。
つまり履行請求権はそのまま残り、填補賠償請求権と併存する。
実務上、継続的な契約が締結されることも多い。そしてこの継続的契約のうち個々の債務に不履行があった場合が3号後段のケースに該当する。契約の全てを解除せず、個々の債務に関して履行に代わる填補賠償を行う場合が想定されている。
他の用語との比較
「填補賠償」と、「損害賠償」「履行利益」「逸失利益」「遅延賠償」それぞれの違いをかんたんに整理していく。
損害賠償との違い
の関係にある。
前述の通り、填補賠償は履行(給付)に代わる損害賠償のことであり、損害賠償の一種としての意味合いを持つ。
= 約束を果たしてくれない場合に限った損害賠償
遅延賠償との違い
遅延賠償(履行アリ)⇔ 填補賠償(履行ナシ)
履行利益との違い
転売する目的で宝石を買ったが、売主のミスで壊れてしまった。このときの履行利益=転売利益となる。またこの場合の履行利益が填補賠償額と一致することはある。
(売主による引渡しが遅れてしまった場合、このとき生じた損害額も履行利益であり、遅延賠償の対象となる)
代償請求権とは
代償請求権とは、
「債務が履行不能になったことにより生じた利益等を、当該履行不能によって生じた損害分だけ請求する権利」のことである。
この権利も民法改正の影響を受けている。
(代償請求権)
422条の2「債務者が、その債務の履行が不能となったのと同一の原因により債務の目的物の代償である権利又は利益を取得したときは、債権者は、その受けた損害の額の限度において、債務者に対し、その権利の移転又はその利益の償還を請求することができる。」
民法改正の概要と具体例
民法改正以前は、民法の条文に代償請求権の規定は存在せず、判例において認められていた。
また「債務者の責めに帰すべき事由による履行不能」による代償請求権を認めるか否か見解が分かれていたため、代償請求権そのものの規定を新たに設けることでそのルールを明確にした。
- 債務者に帰責事由なし:代償請求し得る
- 債務者に帰責事由あり:代償請求と填補賠償を選択し得る
わかりやすくまとめるとこのようになる。
帰責事由がない場合
債務者の責めに帰すことができない事由により債務不履行が生じたとき、債権者は損害賠償の請求はできない。しかし債務者が代償としての権利や利益を取得しているなら「代償請求」は可能である。
建物の賃貸借契約を締結し、賃貸中に当該建物が焼失したとする。なお賃借人(建物返還に関する債務者)に帰責事由はない。
このとき賃貸人は損害の賠償請求はできないが、賃借人が火災保険金を受け取っているのであれば、損害分を限度に当該利益の償還を請求できる。
帰責事由がある場合
債務者の責めに帰すべき事由により債務不履行が生じたとき、債権者は損害賠償(填補賠償)の請求ができる。さらに、債務者が代償としての権利や利益を取得しているなら「代償請求」をすることも可能である。
建物の賃貸借契約を締結し、賃貸中に当該建物が焼失したとする。なお賃借人(建物返還に関する債務者)に帰責事由がある。
このとき賃貸人は填補賠償としての損害賠償請求ができる。そして賃借人が火災保険金を受け取っているのであれば、代償請求を損害の回復手段として選ぶことも可能となる。
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