権利不行使の状態が一定期間以上続くと消滅時効が完成し、その権利が消滅してしまうことがある。
一方で時効期間の進行に関して、
一定の行為をすることで一時的に時効を完成させない(時効の完成猶予)
またはリセット(時効の更新)をすることができる。
これらの規定は、民法改正の大きな影響を受けている。以下では時効のルールが民法改正によってどのように変化したのかも含めて解説していく。
「時効の中断」は「時効の更新」となる
民法改正により、これまで「時効の中断」と表現されてきたものが「時効の更新」と改められた。
(時効期間をリセットする効果)
ここで「時効の更新」が起こると、これまで進んできた期間はなかったことなり振り出しに戻る。文字通り時効が更新され、新たに10年をカウントし始める。これまでは「時効の中断」という表現が使われており、振り出しに戻るということが感覚的に分かりづらかったため、文言が変更された。
承認
「承認」は時効の更新事由である(152条1項)。
152条「時効は、権利の承認があったときは、その時から新たにその進行を始める。」
債務者が債権の存在を認めているケースで、債権者と債務者との間に対立がない状況である。債権者としては承認で済ませられれば楽と言える。
例えば、お金の貸し借りがある場合において、
債務者が「前に借りた○○万円について、必ず支払う。」などと一筆書くことで債務の承認となる(実務上の問題はあるが、口頭であっても承認は成り立つ)。
他にも、以下の行為は債務の存在を前提とした行為であるため、承認をしたことになる。
- 一部弁済
- 利息の支払
- 支払猶予の申入れ
ということ。具体的に○○万円を支払う旨を伝えることに限られず、債務が存在することを知っている旨伝えればそれだけで時効の更新という観点からは承認があったということになる。
制限行為能力者による承認
152条1項は上述の通り承認による時効の更新の原則を規定している。そして第2項では、承認は、行為能力に制限がかかっていてもできると規定されている。
2「前項の承認をするには、相手方の権利についての処分につき行為能力の制限を受けていないこと又は権限があることを要しない。」
ただし、どんな制限行為能力者でも承認ができるわけではないということに注意が必要。
処分についての行為能力は不要とされるものの、管理行為を行う能力を要すると解されており、未成年者と成年被後見人に関しては単独で承認ができない。
制限行為能力者 | 単独で承認ができる? |
未成年者 | できない(親権者の同意を要する) |
成年被後見人 | できない(成年後見人の同意があっても不可) |
被保佐人 | できる |
被補助人 | できる |
「時効の停止」は「時効の完成猶予」となる
民法改正により、これまで「時効の停止」と表現されてきたものが「時効の完成猶予」と改められた。
(一定期間だけ時効を完成させないようにする効果)
ここで「時効の完成猶予」が起こると、一定期間時効は完成しなくなる。仮に6ヶ月の完成猶予とすれば、9年10ヶ月の時点から6か月間は時効が成立しなくなり、起算点から10年と4ヶ月の時点に達するまでを準備期間にあてることができるようになる。具体的には、裁判上の請求などをするための準備期間として利用される。
催告
催告をすれば、6ヶ月間、時効の完成は猶予される。
しかし催告は暫定的な手続であり権利の存在が確実にはならない。
そのため時効を更新させるまでには至らない。
また判例法理とされてきた「再度の催告の無効(再度の完成猶予は起こらない)」は明文化された(150条2項)。
第150条「催告があったときは、その時から6ヶ月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。」
2「催告によって時効の完成が猶予されている間にされた再度の催告は、前項の規定による時効の完成猶予の効力を有しない。」
なお、催告は承認とは異なり、債権者と債務者は対立関係にある。
完成が猶予される期間も6ヶ月に限られ、その先時効の更新をするためには「裁判上の請求」や「支払督促」の申立てをしなければならない。
その他の事由
催告のほかにも様々な完成猶予事由がある。
※以下では、時効の完成猶予をした後で、時効の更新事由へと変化することのないものを挙げる(後述する裁判上の請求等は、最初、完成猶予の効果をもたらすものの、その後更新の効果をもたらすなどの違いがある)。
時効の完成猶予事由 | 説明 |
仮差押え・仮処分 | これらの民事保全の手続をしただけでは権利の存在が確実になるとは言えない。そこで完成の猶予がされるのみであり、更新はされない。 (なお、改正前の民法では中断(更新)事由とされていた) |
未成年者・成年被後見人に法定代理人がいないとき | 未成年者や成年被後見人が債権者の場合、債権が時効で消滅しそうになっていても、親権者や後見人などの法定代理人がいなければ裁判上の請求等ができない。 そのため新たに法定代理人が就任してから6ヶ月を経過するまで時効の完成猶予がなされる。 ※被保佐人や被補助人は、代理人なく自ら民事訴訟の提起ができるため同規定による保護は受けない。 |
夫婦間の権利 | 夫婦間でお金の貸し借りがあったとしても、婚姻中において裁判を起こすことは通常ない。そのため、この貸し借りなどが問題になると想定される、婚姻の解消から6ヶ月経過までは時効の完成が猶予される。 |
相続財産に関する権利 | 相続人が確定し、管理人の選任等がされた時から6ヶ月間は時効が完成しない旨定められている。 |
天災等により発生した権利 | 改正前は2週間しか時効の進行がストップしなかったが、改正後は3ヶ月になった。 |
協議を行う旨の書面による合意 | 民法改正で新設された制度。次項で詳しく解説。 |
新設!協議を行う旨の書面による合意とは
問題になっている権利について協議を行う旨の合意が“書面”でなされたときには時効の完成が猶予される制度が新設された。
(イメージとしては、債権者債務者間が対立関係にある催告と対立関係にない承認の中間)
=特徴=
- 債務を認めるという意味での「合意」ではなく、協議することへの「合意」
- 催告同様、最終的には裁判上の請求などが必要
- 書面での合意は必要的
これは「権利の存在等について話し合いを行うから、一定期間は時効が完成しないようにしてくれ」といった要望に応える制度。
改正以前はこの定めがなかったため、債権について協議をしていても時効期間が進んでしまい、話し合いが間に合わなければ「裁判上の請求」等の措置を取らざるを得なかった。
債務者としては話し合いに応じていた最中での訴訟提起となるため、関係性が悪化するなどの問題が生じていた。
期間
- 原則1年
- 合意により1年より短い期間にできる
- 協議を拒否されると、その拒絶通知の時から6か月
(拒絶にも書面を要する) - 協議の合意を再度行うことで延長可能だが、最長でも本来の時効完成から5年までの伸長
承認との違い
どちらも協力的な対応を取るため、対立構造にならず、似ているようにも見える。
ただし何に対する合意なのか、何を認めているのかが「承認」と「協議を行う旨の合意」とでは異なる。
承認は、債権の存在自体を完全に認めてしまうことである。何も争わない。
協議を行う旨の合意は、債権の存在を即座に認める訳でもなく否定する訳でもない。あくまで話し合いに応じるという意味での合意であって、債権が存在することの合意ではない。
催告との併用
- 協議を行う旨の合意をして時効の完成が猶予されている期間中、催告をしても、催告による時効の完成猶予の効果は生じない。
- 逆に、催告をして時効の完成猶予がされている期間中、協議の合意をしても時効の完成猶予の効果は生じない。
結局、催告や協議によっても話がつかない場合は裁判上の請求などの措置を取ることになる。
時効の完成猶予から更新に変化する事由
最後に、手続の初期段階では「時効の完成猶予事由」としかならないものの、結果次第で「時効の更新事由」にもなり得る事由を紹介する。
裁判上の請求
訴えを提起しただけでは時効の完成猶予にとどまる。
そのため権利が確定せずに訴訟が終結すると、6ヶ月間時効が完成しないだけで、その後は時効が完成してしまう。
一方、確定判決などによって権利が確定すると時効期間が更新される。
しかもその後10年間は、時効が完成しない(169条1項)。
わざわざ裁判で権利の存在を確認しているため、10年より短い期間の定めがあったとしても、時効期間を10年とすることで権利が消滅しにくくなっている。
- 裁判中:時効の完成猶予
- 確定後:時効は更新される
支払督促の申立
支払督促の申立により時効の完成は猶予され、
支払督促の確定によって時効は更新される。
強制執行など
強制執行、担保権の実行等があったとき、時効の完成が猶予される。
ただしそれだけでは6ヶ月間時効の完成が猶予されるだけであり、その後は時効が完成してしまう。
一方、権利の存在が確定すれば時効は更新される。
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